「ダイナミック琉球」で知られる音楽プロデューサー・シンガーソングライターのイクマあきらさんが、ニューアルバム「SPIRIT OF CARNIVALⅢ」を2026年9月23日にリリースしました。アルバムとしては8年ぶりの作品です。
収録されているのは、エイサーやよさこい、現代版組踊のチームなどに提供してきた楽曲です。各団体が大切に踊り継いできた曲に加え、代表曲「ダイナミック琉球(PVバージョン)」を含む全8曲が並びます。
リリース記念ライブを那覇・久米で開催
アルバムの発売を記念したライブが、ライブハウス「トップノート」(那覇市久米)で開かれます。
- 日時:2026年9月26日(土)18:00〜
- 料金:前売5,000円(当日券は500円増し)
- 詳細:https://www.akira-ikuma.com/entry.php?eid=309815
「ダイナミック琉球」は全国で愛される一曲に
イクマあきらさんの代表曲といえば「ダイナミック琉球」です。近年は高校野球の応援曲としても定番になり、沖縄以外の場所でも耳にする機会が増えました。アーティスト名や曲名は知らなくても、聴けば「あの曲!」と思い出す方も多いでしょう。
実は福岡出身。イクマあきらさんとは?
沖縄のアーティストだと思われがちですが、イクマあきらさんは福岡県久留米市の出身です。「ダイナミック琉球」以外の活動はあまり知られていませんが、実は沖縄の多くのアーティストと関わりを持っています。ここで、これまでの歩みを簡単に紹介します。
ファンクバンドのボーカルとしてデビュー
1990年、ファンクバンド「E-ZEE BAND」のボーカルとしてROCK IT RECORDSからCDデビューしました。翌1991年にはパイオニアLDCからメジャーデビューし、シングル13枚、アルバム9枚を発表。結成時は7人編成でしたが、のちに4人体制となり、1996年まで活動しました。バンドは1997年に解散しています。
海外での音楽修行がルーツに
1997年からはソロ活動をスタートし、ニューヨークやジャマイカ、トリニダード・トバゴなど海外で音楽制作を重ねました。この経験でワールドミュージックの要素を取り入れたことが、のちの沖縄音楽につながっていきます。
ソングライターとしても活躍
工藤静香さん、田原俊彦さん、及川光博さんへ楽曲を提供しています。
- 工藤静香さん:1999年のシングル「Blue Zone」のカップリング曲「ZIGUZAGU」
- 田原俊彦さん:2001年のシングル「抱きしめていいですか」のカップリング曲「Dangerous Zone」
- 及川光博さん:ヒット曲「バラ色の人生」
沖縄へ移住、D-51の大ヒットをプロデュース
沖縄を訪れてすっかり気に入り、2000年に移住しました。路上ライブをしながら作曲を続け、2002年に移住後第1弾のシングル「風のメロディー」をリリースしています。
2005年には、D-51のシングル「NO MORE CRY」をプロデュースしました。50万枚以上を売り上げる大ヒットとなり、D-51は同年のNHK紅白歌合戦にも出場しています。イクマさんはD-51のメジャーデビュー後、シングル6枚とアルバム3枚でメインプロデューサーを務めました。
「ハイパー・エイサー・ミュージック」の誕生
三線ポップスの伊禮俊一さんや民謡歌手のプロデュース、エイサーチームへの作曲など、沖縄の伝統文化に触れる中で、口説(くどぅち)を取り入れた沖縄発のダンスミュージック「ハイパー・エイサー・ミュージック」を生み出しました。その代表曲が「ダイナミック琉球」です。
「ダイナミック琉球」が全国に広がるまで
この曲は、平田大一さんとコラボレーションした舞台「琉球ルネッサンス」のテーマ曲がもとになっています。2008年に沖縄限定でリリースされると県内で反響を呼び、琉球放送のドラマ「キムタカ!」やオリオンビールのCMにも使われました。エイサーの舞踊曲として多くの団体に採用され、やがてよさこいチームにも広がり、全国で知られるようになります。
転機は2017年でした。高校バスケットボールのハーフタイムの応援合戦で、女子高生が歌う動画がSNSで話題になりました。同じ年の夏の甲子園では、仙台育英学園高校が応援曲として演奏して注目を集め、他校にも広がって高校野球の定番応援曲になりました。
ほかにも手がけた沖縄アーティストたち
きいやま商店やよなは徹さんのアルバムプロデュース、ディアマンテスの楽曲制作にも携わっています。今回のアルバムのように、さまざまなエイサー・よさこい団体への楽曲提供やプロデュースも続けています。
「ダイナミック琉球」が好きな方なら、ほかの楽曲もきっと気に入るはずです。ぜひ新アルバムやライブで、イクマあきらさんの音楽に触れてみてください。
