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沖縄が舞台の映画・『友よ、静かに瞑れ』崔洋一監督のハードボイルド映画

沖縄が舞台の映画

沖縄を舞台にしたメジャー級映画の先駆けともいえる作品のひとつが、1985年に公開された映画『友よ、静かに瞑れ』です。この時代、角川映画がいくつかの沖縄を舞台にした映画が公開されています。

北方謙三氏の同名小説を原作に、沖縄を舞台に数々の作品を手がけた崔洋一監督がメガホンを取ったハードボイルド映画。

崔洋一監督といえば、沖縄を舞台にした映画『Aサインデイズ』や『豚の報い』などでも知られていますが、これらよりも早く制作された沖縄映画が、この『友よ、静かに瞑れ』でした。

残念ながら、崔洋一監督は2022年に亡くなられています。

今回は、映画『友よ、静かに瞑れ』を、沖縄付きの一人の視点から紹介したいと思います。

映画『友よ、静かに瞑れ』とは?

『友よ、静かに瞑れ』は、1985年に公開されたハードボイルド映画。
原作は、北方謙三氏が1983年8月22日に角川書店から発表した同名小説。
監督を務めたのは、後に『Aサインデイズ』や『豚の報い』など、沖縄を舞台にした作品を手がけることになる崔洋一氏です。

映画の大きな特徴は、原作では山陰の温泉町だった舞台を、沖縄へと変更したこと。

物語の舞台となる「多満里」という架空の町を中心に、友情、裏切り、愛、欲望、そして土地をめぐる権力争いが描かれています。

単なるハードボイルド映画というだけではなく、1980年代の沖縄の風景や社会の空気を感じることができる作品でもあります。

沖縄好きだからこそ、最初は違うところを見てしまっていた

沖縄が好きなので、沖縄を舞台にした映画を見ると、つい気になってしまうことがあります。

「この場所はどこだろう?」
「ここは今も残っているのかな?」
「沖縄出身の俳優さんはどのくらい出ているのか?」
「沖縄の方言は自然なのかな?」

そんなことばかりに目が行ってしまいます。

『友よ、静かに瞑れ』を初めて見たときも、やはり同じような視点で作品を見始めました。

しかし、メインの出演者は沖縄出身ではなく、また沖縄の方言はほとんど出てきません。
もちろん、1985年という時代背景もあると思います。

しかし、改めて映画そのものを見てみると、「沖縄の言葉」や「沖縄出身の俳優がどれだけ出演しているか」ということだけが、沖縄を描く方法ではないのだと感じ反省させられた映画でした。物語の本質や伝えたいことを描くために、必要なことはソコではないこともあると。

この映画の場合、風景そのものが沖縄でした。

「沖縄らしさ」は方言だけではない

沖縄を舞台にした映画だからといって、必ずしも沖縄の方言をたくさん使う必要はないのかもしれません。

もちろん、作品によっては、沖縄の文化や言葉をリアルに描くことが重要な場合もあります。

しかし、『友よ、静かに瞑れ』は、ひとつのハードボイルド映画として物語を描き、その舞台として沖縄が存在しています。

必要以上に「沖縄らしさ」を強調するのではなく、物語の中に沖縄という土地が自然に存在している。

そこに、この作品の面白さがあるように感じました。

正直に言えば、もしこの映画を40年後の現在に制作するのであれば、「沖縄を舞台にする必然性はあるのだろうか」と感じる部分もあります。

しかし、1985年という時代に、この作品が沖縄で撮影されたことには、大きな意味があったのだろう。

沖縄が日本本土に復帰してから、まだ13年ほどしか経っていない時代。

当時は「沖縄」の政治的・社会的に注目される量や角度が今とは違う側面があり、沖縄を舞台として映画を制作することで、崔洋一監督自身の沖縄への思いや、映画を通して伝えたい何かがあったのではないかと思う。

崔洋一監督が沖縄を舞台にした理由

原作の舞台は、沖縄ではありませんでした。

北方謙三氏の原作では山陰の温泉町が舞台でしたが、映画では沖縄へと大きく変更されています。

Wikipediaの記述によると、崔洋一監督が沖縄を舞台にすることを提案した際、プロデューサーの黒澤満氏は「原作を沖縄で撮る必然性はない」と反対したそうです。一方、製作者の角川春樹氏は、崔監督が沖縄を舞台にしてどのような作品を作るのかを見たいという考えから、沖縄ロケを認めたとされています。

そして1985年3月10日、沖縄ロケから撮影がスタート。
同年4月末にクランクアップしました。

映画の舞台設定は、単に「沖縄で撮影した」というだけではありません。
物語の中には、辺野古開発に反対する人物も登場します。
原作の舞台を沖縄に移したことで、沖縄という土地が物語そのものに深く関わる作品となっています。

※作品の制作背景については、Wikipediaの『友よ、静かに瞑れ』の項目を参考にしています。

『友よ、静かに瞑れ』あらすじ

物語の舞台は、沖縄の小さな港町「多満里」。

主人公の新藤剛は、かつての友人・坂口が、町の再開発を進める下山建設の社長・下山を刃物で襲い、逮捕されたという新聞記事を目にする。
しかし、新藤は坂口が単純な傷害事件を起こしたとは信じられませんでした。

坂口に何があったのか。

事件の真相を確かめるため、新藤は多満里へ向かう。

坂口が経営するホテル「フリーイン」は、町の再開発を進める下山建設による買収を拒んでいた。
新藤はホテルに滞在しながら、坂口が事件を起こした本当の理由を探っていく。
やがて明らかになっていくのは、建設会社と地元警察の癒着。町そのものが下山の巨大な力によって支配され、坂口はその権力構造の中で「悪者」に仕立て上げられていたのだった。

かつての友人を救い、その汚名を晴らすため、新藤は一人で巨大な権力に立ち向かっていく。

物語には、旧友との友情だけでなく、愛、裏切り、欲望、そして沖縄の土地をめぐる権力争いが絡み合う。

原作の舞台を沖縄へと移したことで、映画では「沖縄という土地」そのものが、重要な意味を持つ作品になっています。

40年前の沖縄・コザの風景を見ることができる

現在、この映画を見る大きな魅力のひとつが、1980年代の沖縄の風景を見ることができることです。

特に、現在の沖縄市、かつてのコザ地域をはじめとする街の風景は、沖縄の歴史を知るうえでも貴重な映像資料だにっていると感じます。
沖縄には、アメリカ統治時代から続いてきた街並みや建物が数多くありました。
しかし、40年という時間が流れ、再開発や建て替えなどによって、当時の風景は少しずつ姿を消しています。
そうした意味でも、『友よ、静かに瞑れ』は、1980年代の沖縄を映像で記録した貴重な作品のひとつです。

現在の沖縄を知っている人が見ると、「ここは今のどこなんだろう?」と、当時の風景と現在を見比べながら楽しむこともできます。

沖縄の映画が好きな人だけでなく、沖縄の歴史や街の変化に興味がある人にも、ぜひ見てもらいたい作品です。

政治的な色眼鏡を外して観てほしい映画

崔洋一監督は、自身の政治的な考えや社会に対する姿勢を比較的オープンにしていた人物。
そのため、監督の思想や作品に対して、さまざまな意見があることも理解できる。
ただ、『友よ、静かに瞑れ』を見るときは、そうした政治的な先入観をいったん横に置いて、ひとつの映画作品として楽しんでみることをおすすめします。

この作品が制作されたのは1985年。
今から40年以上も前のことです。
現在とは社会状況も沖縄を取り巻く環境も大きく異なります。

だからこそ、現代の政治的な視点だけで作品を見るのではなく、1980年代という時代に、沖縄を舞台にしたハードボイルド映画が作られたという事実そのものに目を向けてみるのも面白いのではないだろうか。

私自身、この映画を見て、最初は「沖縄の方言」や「沖縄出身の俳優」といった部分ばかりを気にしていたことを少し反省た。

映画は、もっと自由に見ていい。
白紙の状態で観ることか大切だと教えられた作品でもあります。

『友よ、静かに瞑れ』は、そんなことを改めて考えさせてくれた映画でした。

『友よ、静かに瞑れ』作品情報

作品名: 友よ、静かに瞑れ
公開年: 1985年
原作: 北方謙三
監督: 崔洋一
製作: 角川春樹
脚本: 丸山昇一
撮影: 浜田毅
音楽: 梅林茂

出演

藤竜也、倍賞美津子、六浦誠、林隆三、佐藤慶、原田芳雄、清水昭博、中西良太、室田日出男、草薙幸二郎、常田富士男、椎谷建治、飯島大介、高柳良一、宮下順子、中村れい子、伊藤麻耶、ジル・ジェイド(PERSONZ)ほか。

まとめ|沖縄映画として『友よ、静かに瞑れ』を見る

『友よ、静かに瞑れ』は、北方謙三氏のハードボイルド小説を原作に、崔洋一監督が沖縄を舞台として映像化した1985年の映画です。

友情を軸にしたハードボイルドな物語でありながら、そこには沖縄の土地、再開発、権力、そして1980年代の街の風景が映し出されています。

現在の沖縄を知る人が見ると、40年前の沖縄がどのような街だったのかを感じることができるのも、この作品の大きな魅力です。

特に、今では姿を変えてしまった沖縄の街並みや、コザ周辺の風景を映像で見ることができるのは、沖縄好きにとって貴重なポイントではないでしょうか。

沖縄を舞台にした映画が好きな人。

崔洋一監督の作品が好きな人。

北方謙三氏のハードボイルド作品が好きな人。

そして、昔の沖縄の街並みを映像で見てみたい人。

そんな方には、ぜひ一度見てもらいたい作品です。

映画そのものを楽しみながら、40年前の沖縄の風景にも注目してみてください。

きっと、今とは違う沖縄の姿を発見できるかと思います。